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メインはサイトのレス用です。たまに他愛無ない日常の事も。
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今朝昨日の記事で書いてたカレン編連載4話目が出来上がりましたー。
ので、続きに投下します。

知らない方のため(いや、殆どだと思うけど)に一応前回までのあらすじを反転しときます。

(以下反転)

自分の長身と家柄に悩む花椿カレン。18歳の誕生日を目前にした彼女の元に、同じ一族でありながらそのほとんどが謎に包まれている人物、花椿姫子が怪しげな薬を手に現れる。彼女は入れ替わってみたい人間はいるか? と問うと、カレンに告げた。

『その方にこれを飲ませて、体の一部を繋ぎ、一晩一緒に過ごすのです。次に目覚めた時には貴女はその方に、その方は貴女になっているでしょう。ただし、効果は口にした時から24時間。意識を保てるのは後から薬を口にした方だけだから、お気をつけなさい』

半信半疑でありながらも、カレンは思う。

『バンビになってみたい』

そして親友に薬を飲ませた翌朝、目を覚ますとカレンの目の前には自分の体が横たわっていた。

(反転終わり)

こんな感じの話です。
今回はゲストにメインキャラのあの人が!(あざとい宣伝w)
もし気が向いたら覗いてみてやってください。

あ、いつものお約束を…。

※連載通してネタバレありです。

拍手ありがとうございました!

****************************





早朝、と言ってもいい時間にアタシは自宅のマンションを出た。そして、少し離れたところで振り返って、自分の部屋のあたりを見上げる。
今、寝室には、アタシの姿をして眠っているバンビがいる。姫子オバさまからもらった薬の効果で、アタシたちはお互いの体に入れ替わり、オバさまの説明通り、後から薬を飲んだアタシだけ意識がある。そう、言うなればこれってば。

ーー肉体の乗っ取りーー

空恐ろしいその言葉を、アタシはぶるぶるアタマを振ってそこから追い出す。

ほんの数時間だけ。それだけだから。
学校を休むのはアタシで、バンビの出席日数に影響はない。ノートもしっかり取る。だから。
ゴメン。ゴメンなさい。

その場で深くお辞儀をして、次にアタマを上げた時、アタシは意識的にテンションの上がることだけ考えるように努め始める。

せっかくのこのチャンス、思う存分堪能しないと。バンビに嘘ついてまで実行した意味、ないじゃん!

そう思って、いつもより少し上にある空を振り仰ぐ。その大きなものからすればごくごくわずかな距離が、アタシには重要。

ーーいい天気!
もう働き始めてる、セミのコーラス。
7月だけど、まだ朝早いせいで、そんなには暑くない。
何より。
視点が低い。
手が、足が、バランスはスゴくいいけど、いつもより短い。
華奢な肩。ちっちゃい顔。
髪は少し長い。鏡の前で、ちょっといつもと違うカンジにアレンジしてみた。
大きな目。その目尻は、ほんのすこし、絶妙のラインで柔らかく下がり気味。
主張しすぎないすっきりした形の鼻。優しい角度に持ち上がっている口角。
「あーあーあー」
試しに出してみる声は、まるで鈴を転がしたよう。
って、ああん、細かいことはもういいの! とにかく!

可愛い……!

ふわふわと、夢の中にいるみたいにおぼつかない足元。手足の爪先からアタマの天辺まで、こそばゆいような、うずうずするような、とにかくカラダ全体、細胞の隅々までジブンが喜んでるって分かる。
うきうきしながら、アタシは第一の目的地へと向かった。
学校へ行く前に寄る場所。それは。

バンビのおうち。




「あら、あんた帰ってきたの?」

玄関のチャイムを押して目の前のドアが開けられると、姿を現したのはバンビのお母さんだった。鍵くらい自分で開けなさいよ、しょうがない子ねぇ、なんて言われる。
ごめんごめん、ってアタシは謝った。
持ってきたバンビの荷物の中に当然鍵もあるけど、なんか人んちの鍵勝手に開けるのはちょっとね……。
「で、どうしたの?」
もうお化粧したよそ行きの顔。でも、やっぱり口調は実の娘に向けるそれで、遠慮がない。
バンビのうちには何度か遊びに来てたから、挨拶したことあるけど、バンビをもう少し小さくしたような、若々しい人。……まあ、うちのママも大概若いけど、なんて言うか……雰囲気が、親子でよく似てる。

親子……だったら、もしかしてアタシがニセモノだってわかっちゃうかな……?

そんなこと考えて、ちょっとドキドキながら、アタシは言う。
「う、うん、ちょっと忘れ物したからガッコ行く前に寄ったの」
「そうなの? しょうがないわねぇ。花椿さんは? 一緒に登校しないの?」
「そ、それがね! あの……カ、カレン…さん、熱出しちゃって。学校休むことにしたの」
「あら、大変。どのくらい? 病院は?」
「それほどじゃない……かな? でも、心配だから、あの……今日も、学校終わった後カレンさんのとこに泊まってもいい? か、看病、したいから……」
言い訳がましいかな、と思って、上目遣いでバンビ母を見ると、あっさり頷いた。
「いいわよ。明日は日曜日だしちょうどいいじゃない。行ってらっしゃい。一人暮らしじゃ何かと心配だもんねぇ。けど、もしヒドくなりそうだったら、あちらの親御さんにちゃんと連絡するのよ? なにかあってからじゃ遅いんだから」
「う、うん! もちろん!!」
アタシが勢い良く首を縦に振ると、バンビ母は考え深い表情になった。
「日中はひとりになっちゃうのよねぇ……お母さん、様子見に行こうか?」
「! いい! いいよ、そんなの……! 具合ヒドくなったら、アタシのケータイに連絡してって言ってあるから! いきなりよそのお母さんが看病に来たら、その、申し訳ないって恐縮しちゃうでしょ?」
「まあ、そうね」
バンビ母はまた簡単に頷くと、プッと吹き出す。
「……なに?」
「あんた、どうしたの? 急に『アタシ』なんて言って。なんかの真似?」
クスクス笑いながら聞かれて、アタシはギクリとする。

そっか、バンビは普段自分のこと『わたし』って言ってるよね。……今日一日、気をつけないと……。
特に。

アタシは、神秘的な目をした親友のことをアタマに思い浮かべる。

あの子にはすぐに見抜かれちゃいそう……。

「べ……別に。ちょっと使ってみたくなっただけだよ。そろそろ行くから!」
「はいはい。気をつけていってらっしゃい。って、あんた、忘れ物は?」
「気、気のせいだった! カバンの中にあるの思い出した!」
「そうなの? ホントしょうがない子ねぇ」
いってらっしゃい、転ばないようにね、なんて声を背で聞きながら、アタシはそこを飛び出す。
バレたらマズい。長居は無用!

学校への道を歩きながら、とりあえず、第一のハードルはクリアしたな、って安堵する。
バンビが目を覚ますのは今日の夜。そっから家に帰るには、時間が遅すぎる。だから、どうしても、もう一晩アタシの家に泊まるって、親御さんに了承を取り付ける必要があったんだ。バンビには、熱出して意識がなかったんだよ、って説明するつもり。ちょっと……ううん、大分苦しいけどね。
いざとなったら洗いざらいぶちまけて謝ろう。信じてくれるかはビミョーだけど(何しろ非科学的過ぎだ)バンビなら……あの子なら、きっと許してくれると思う。勝手な言い分だけど、そこは鉄板。
あとは、せっかくバンビになるんだから、スタートからちゃんと始めたかったんだ。バンビのおうちから登校。こっからね。

そんな風に思いながら、いつもとは違う登校風景に再び心が浮き立つのを感じていると、歩道に沿って止めてある一台の車に気が付いた。
ぴかぴかに磨かれた、濃い緑色のローバーミニクーパー。ちょっと古いデザイン、けど、それが可愛らしい小型の自動車。
ハザードが点灯してる。エンジンもかかりっぱなしみたい。
それを見て、危ないな、って思った。
狭い車だから難しいかもだけど……横を通りかかっててすぐ、ドアが開いて車中に引っ張り込まれたらおしまいだ。遠縁とは言え、花椿の名前を持ってると、身代金目当ての誘拐なんてのもわりと絵空事じゃないんだよね、これが。そうでなくても小さい頃のアタシ、超可愛かったし? 早い時期から、危険予測やいざって時の対応は、かなり教え込まれて来た。
だからアタシは、対向車線から車が来ていないのを確認してから、道路を挟んだ反対側の歩道へ移動するために車道へ一歩踏み出したんだけど。

「待てよ。どこに行くつもりだ」

車の運転席から姿を現した人物に呼び止められて、ぎょっとした。

ちょっと尊大な響きのある、けれども柔らかいトーンの声。
緩くウェーブしたくせ髪。
姿勢のいい立ち姿。
センスがいいのは勿論、素材も最高級のものだとひと目で分かる服装。
スマートな仕草で目元を覆うサングラスを外すのを待つことなく、誰だか分かる。

「……設楽、さん」

仏頂面でアタシに歩み寄って来たのは、設楽聖司先輩その人だった。







「………………」
「………………」

あまり広いとは言えない車内。
その中は今、冷房の効いた空気と、割と重い沈黙とで満たされてる。
アタシは、助手席からちらりと隣の設楽先輩を盗み見た。その向こうの窓の外、背後にどんどん流れて行く風景。
設楽先輩の、思っていたよりずっと危なげのない運転に、正直ものすごくビックリしてる。この人の運転なんて、これってもしや死出のドライブ? なんて思っちゃったりして、失礼だったな。

『おはよう』

さっき、呼び止められた後。
朝っぱらからの意外な人物の登場に、呆然と立ち尽くしていたアタシに、何故か、設楽先輩は仏頂面に更に不機嫌を重ねたような表情になって短く言った。
『お、おはようございます』
『これから学校だろ。乗ってけよ』
『え、と。あの、設楽さん、免許は……』
『あるに決まってるだろ。なかったらここまで来られるわけない。なんなら見せようか? 言っておくけど偽造なんかじゃないからな』
畳み掛けるようなその口調は、いつもの設楽先輩で、アタシはぶるぶると首を振った。
そんなアタシの目の前で、設楽先輩は車に戻って助手席のドアを開けてくれると、もう一度言ったんだ。早く乗れよ、って。

で、今のこの状態な訳なんだけど……。

車に乗り込んでからと言うもの、設楽先輩は冷たい横顔を晒したまま、一言も口を利かなかった。怒ってるみたい。

気まずい……なんて言うか、文字通り身の置き所がないカンジ? 
バンビってば、先輩と喧嘩してたのかなぁ。あの子に限ってそんな、人と揉めてそのままとかってなさそうなんだけど……もしかして、アタシ、なんかした? あ、さっき警戒して車避けようとしたのが原因だったり? だとしたら謝って機嫌直しとかないと、バンビに申し訳が立たない。

そう考えて、アタシはなんとか会話の切り口を探す。

「あ、あの……設楽さん、いつの間に免許とったんですか?」
アタシの質問に先輩の神経質そうな眉がぴくりと持ち上がった。
「ついこの間だよ。卒業してからすぐ取りに行ったからな」
「そ、そうなんですか! 運転、すっごく上手ですね? 時間的に取りたてでしょうに」
「……練習したからな。それなりに」
「教習所で?」
「それもあるけど……ウチの敷地内で」
「ああ、なぁるほど!」
アタシは設楽邸前のロータリーを思い浮かべる。きっと、教習前、教習中にもあそこで練習したんだろうなぁ。お付きの運転手さんに指導してもらって。それなら取得も上達も早いよね、きっと。
「にしても、設楽さんにしてはなんていうか……意外な車種ですね? もうちょっと違うカンジのに乗りそうなのに」

さすがに、普段送り迎えの時に乗ってる高級車を自分で運転はしないだろうけどさ。もっとハイクラスかつスマートなヤツを乗り回しそうなイメージ(いや、そもそもイメージのこと言ったら、自分で運転なんてゼッタイしなさそうなんだけど)なのに。しかも、このタイプって、確かもう随分前に生産終了してるんじゃなかったっけ……。

すると、設楽先輩は一瞬だけ鋭い視線をこちらに投げて来た。運転中だから、すぐにその目は前に戻ったけど。
「なんだよ。忘れたのか?」
「……え?」
「おまえがコイツがいいって言ったんだろ。こういうのに乗ってみたいって」
「! ……」
設楽先輩の台詞に、アタシは絶句する。

えぇ?
てことは、ナニ?
この人、バンビがこの車がいいって言ったの聞いて、これポンと買っちゃったってわけ?
なら、もしかして。

「ま、まあ、それだけじゃないけどな。こういう小さい車の方が小回りも利くし、初心者には悪くない」
取り繕うようなその台詞には、全然説得力がなかった。内容じゃなくて、その口調に。
アタシはほとんど確信しながら聞く。
「あの、じゃあ、お付きの車があるのにわざわざ免許取ったのって……」
「……車使うのに、いつも他人がいるんじゃわずらわしいからな。遠出することだってあるかもしれないし」
最後にごくごく小さい声で、おまえと二人で、って続ける設楽先輩。
それを聞いて、先日パーティで会った時のことを思い出した。

そう言えば、バンビのこと、随分気にしてたっけ……。
忙しくしてたのってコンクールの準備のせいだけじゃなかったんだ。
……つまり。
バンビが気に入った車買って。
バンビと二人きりになりたくて免許取って。
そのために、きっと、すごくすごく練習して。
今日だって、きっと朝早起きして、こんな風に約束もなしに待ち伏せたりして。
あの設楽家のおぼっちゃまが。
面倒なことは大嫌い。
この、プライドの申し子みたいな人が?
それって、もう。
かなり。

「……」
思わずアタシがじっと設楽先輩の横顔を見つめると、先輩はその目の下を軽く染めて咳払いをした。
「……なんだよ。見るな。気が散る」
「ご、ごめんなさい……」
「謝るな。……ああ、いや、やっぱり謝れ。むしろとことん謝罪しろ」
いきなり手のひらを返したように謝罪要求をしてくる設楽先輩に、アタシは目を丸くする。
「な、なんですかそれ?」
「ただし、もっと別のことでだ」

いつの間にか、もうはば学の近くまで来ていた。
普段あまり人通りのない、裏手の方。多分位置的に、はば学の敷地内にある例の伝説の教会がある付近。そうでなくても、朝早く出て来た上に車に乗せてもらったから、まだ登校には少し早い。そのせいか、辺りに生徒の姿はない。
設楽先輩はそこで車を歩道に寄せて止めると、シートベルトを外してこちらを向いた。ちょっと、怖い顔で。
そして、言ったんだ。
「……なんだよ。『さん』って」
唐突なその言葉に、アタシは何を言われたのか理解できない。
「へ?」
「『へ?』じゃない。なんだよ、『設楽さん』って。なんでいきなり苗字にさん付けなんだよ」
「あ……」
指摘されてアタシはようやく思い至る。

そうだ、バンビは設楽先輩のことを設楽さんとは呼ばない。
アタシは、その、バンビの前では普通に設楽先輩って言ってるけど、本人の前では『設楽さん』って呼ぶようにしてるんだ。主に、社交会的な事情で。
ウチの家と設楽家はわりと付き合いが古い。その関係で、以前はよく、ウチの両親もアタシも、設楽家に招かれた時、設楽先輩のピアノを聴かせてもらったりしてたんだよね。設楽先輩からすれば、アタシは『花椿』の人間。だから。
でも、そっか……だから、車に乗る前にそう呼んだから、先輩、怒ったんだ。
それでその後もあんなに不機嫌だったんだ。納得。

「おまえにはそんなふうに呼ばれたくない」
きっぱり言われて、アタシは神妙に頷く。
「はい……」
「なんかこう、距離を感じる気がして寂しいというか……ああもう、とにかく言うな。いいな?」
「はい」
「よし」
満足そうに頷いてくれる設楽先輩に、アタシはほっとした。
ところが。
「なら、さっそく、いつもみたいに呼んでみろ。……待てよ。なんだったら新しい呼び方でもいいな。罰として、俺が気に入るまで許さない」
ひとりでにどんどんエスカレートする要求に、アタシはギョッとする。
「い?!」
「い、じゃない。ほら、早くしろ。呼ばないならここから出してやらない。遅刻したくないならちゃんと呼べよ」

イジワルな口調。だけど、もう怒ってはいないみたいだ。
どっちかって言うと……楽しんでる顔?

アタシは深呼吸すると、以前バンビが呼んでいた呼称を思い出しながら口にした。
「えっと……し、設楽先輩?」
「ダメだ。変わってないだろ、それじゃ」
また怖い目で睨まれた。
「す、すみません……」
さっそくバッサリ斬られて、アタシはどっと冷や汗が出る思いだった。仕方なく、次を考える。
「せ、聖司先輩」
「却下」
「えっと、聖司さん」
「まあ、別に悪くはないけど。平凡だな」
「なら、聖司……くん」
「嫌だ」
「じゃ、じゃあ、セイちゃん?」
「……」
設楽先輩は一瞬ぴしっと固まると、何故か軽く目を閉じた。ややして、再び目を開けると、深々と溜め息をつく。
「……一応シミュレートしてみたけど無理だった……なんでよりにもよってそれなんだよ!」
さっきより鋭くギロリと睨みつけられて、アタシは助手席で身を縮める。
「す、すみません!」
「他にあるだろ。もっと簡単なのが。海外ではそっちが普通だ」
さらっと言われて、アタシは、まさか、と思う。

もっと簡単なって、海外って……まさか。

「えっと……ええと……せ、せい、じ……?」
「聞こえなーい。もう一度」
とぼけた口調でそんな風に言われて、アタシは恥ずかしくて死にそうになる。

ちょ、なんなの~!? この呼び名変更イベント……! ていうかコレ、殆ど羞恥プレイじゃん! 
な、なんでアタシがこんな目に……。

早くこの地獄から抜け出したい、その思いでアタシはなんとか自分の声のボリュームを上げる。
「……聖司!」
「よし。合格」
「……」
ようやく出た及第点に、アタシは大きく溜め息をついた。

ご、ごめん、バンビィ~……なんか、呼び捨てにすることになっちゃった。
これ、後でちゃんと伝えとかないと、また設楽先輩の機嫌を損ねることになっちゃうよね。

バンビへの申し送り事項としてアタマの中にそうインプットしてると、ふいに伸びて来た設楽先輩の指に髪先を摘まれて、アタシは仰天する。
「な……なんですか?!」
固まるアタシをよそに、設楽先輩はなんでもないことのように言う。
「会った時から思ってたけど、いつもと違うな。髪型」
「え、えと、き、気分転換です」
「ふぅん……似合ってる。可愛いよ」
気付けばいつの間にか、ぐっと間近に寄せられていた顔。
その唇から囁かれた声に、背筋がぞくぞくした。

『可愛いよ』

言われた言葉が、耳にこだまする。

違う。
これは、バンビが言われてるんだ。
アタシのことじゃない。アタシに向けられた言葉じゃない。
わかってる。百も承知だ。

だけど。

こ、この歳、この身長になってから、同世代の男の子から、は、初めて言われた……かわいい、って。

早くなる。鼓動が。
おまけに。
すぐそばにある綺麗な顔、いつもは少し鋭いその目つきの瞳が、今は柔らかく細められて、甘い。熱っぽい。
なにこれ。
詐欺だ、って思った。
こんな人だった?
こんなに男らしい人だったなんて。
こんな人、知らない。
こんな設楽先輩、初めて見たーー。

全然タイプじゃない。アタシの好みからはほど遠い。
なのに。
ドキドキする。
止まらない。

それに、いつもよりすごく大きく感じる。
運動とは縁のない華奢な人なのに。
肩幅とか。手、とか。
大きい。
アタシがアタシである時には、そんな風には感じないのに。
バンビから見る男って、みんなこんなに自分より。
きっと今のアタシじゃ、この人に敵わない。
それなのに、車の中で。
ふたり。
ふたりきり。

そう思うとなんだか怖くなって、アタシはつい顔を背けてしまう。
そんなアタシの横で、ふっと軽く吹き出すような音が聴こえた。
「なんだよ。さっきから、今日はいつもより随分反応いいな。おかげで調子狂う。いい方に」
「それって、どういう……」
意味ですか、って訊く前に、言われた。とんでもないことを。
「朝からそういう顔するな。じゃないと、このまま下ろしたくなくなる」
「!」
「冗談だよ。……半分は」
まだ本気モードの設楽先輩に、アタシは慌ててシートベルトを外す。ドアのロックに手をかけると、転げるようにしてそこを出た。
運転席側に回ると、設楽先輩がウィンドウを下げるのが目に入った。
アタシは少し離れたところから、開いた窓の中に向かって深々とアタマを下げる。
「あ、あの、お、送ってくれてありがとうございました!!!」
「ああ」
設楽先輩は何でもないような顔で頷くと、シャツの胸元に挿してあったサングラスをまたかけた。
そして、ブラウンの幕の向こうから、微かに覗く瞳で真っすぐに見つめられる。
「警戒してるってことは……意識してるって思っていいんだよな」
「!」
「じゃあ、また」
設楽先輩は、軽く口許を上げると、車を発進させる。
そして、そのままどんどんスピードを上げて見えなくなった。
アタシはそこから動く気になれずに、しばし木偶の坊のように突っ立ったままでいた。

ちょっとカッコ良すぎじゃない?
引き際までいいとか……。

なにアレ。
なんなの、朝っぱらから。
バンビってば、いつもあんなふうに迫られてるわけ?
いつもより反応いいって……い、一体、どうやってアレを躱してんのよ、バァンビィ~!!!

車内での一連の出来事を思い出しかけると、顔が平熱を遥かに超える。アタマが、ぐらぐら煮える。立ってらんないよ、真っすぐ。
無理無理無理無理。
あんなの。
だって、アタシ。

見た目は大女で周りから男扱い、その上中身は小学生並みに男子に免疫ないんだから……!


「………………」





ほんの数時間、夢を叶えて楽しく過ごす。
その思惑をぶち壊す、アタシの受難の始まりだった。





to be continued…






****************************

携帯電話の操作もろくにできない設楽先輩が運転とか…説得力
ないかもですが、遊園地で一緒にゴーカート乗れるんだから
大丈夫! きっとAT限定で、おまけに設楽家の関連企業
とか傘下企業のやってる(もしくは株主優待的な)自動車学校
へ通ったに違いない。
以上言い訳でした…。
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